2005年08月03日

気楽な「一人」

恐怖堂の管理人である漢劉泰氏が8月中旬に上京することになり、ミニオフ会を開催することになって。
今回は手際よく漢ちゃんが段取りを取ってくれてる。
予約してくれた居酒屋のコースが「チゲ鍋」なので、私は楽しみなんだけど、参加予定者の漢ちゃんとめておっちさんが辛いもの苦手なんだよね(苦笑)
私ともう一人の参加予定者さとるさんの「ジュクジョ」(?)コンビで責任以って請け負うことになりそう。
でも、その後カラオケに行く予定なんだけど、そこの名物ハニートーストに今回こそチャレンジしたいんだよなぁ・・・
よーし、鍋以外の料理を男性陣に請け負ってもらおう♪
・・・ということで、今回も暴飲暴食カラオケオフって感じになりそうだな~(笑)
でも楽しみです、うふふふふ♪


ちなみにオフ会の予定日は私の誕生日だったりする。
旦那サマ、ごめんよ~(笑)

そういえば。
自分の誕生日を家族以外の友達と過ごすなんて何年ぶりかなぁ・・・
学生時代以来かもしれないなぁ・・・
結婚前は、いつも仕事していた気がするもんなぁ・・・
仕事が忙しいのが2月と8月だったから、誕生日の頃は毎日図面や書類を持ってオフィスと現場を行き来してた。
しかも私の部署に上司や先輩はいても同僚はいなくて、残業で仕事をしていると家族持ちの上司から消えていくから、いつも最後は私一人。
だから、「今日は私の誕生日なんです」なんて話を誰ともしなかった。

仕事がようやく終わったPM11時過ぎからが私のプライベート時間だったんだけど・・・。
当時を振り返ると。
例えば、帰宅途中にあるなじみのすし屋のカウンターで一人で冷酒飲んでたとか、
一人で湾岸を高速暴走していたとか、
一人で深夜のファミレスでご飯食べてたとか・・・
あ、これじゃまるで、私ってものすごーく寂しい人だったみたい(笑)
ていうか、それって独身時代の私の日常だし(爆)

もともと私は意味なく誰かとツルんで何かをするということにあまり興味を持っていないので、一人で過ごす気軽さを楽しめるのよね。

中学の頃、休憩時間になると必ず「親友」の女子同士が連れ立ってトイレに行くという意味の分からない行動についていけなかったんだよなぁ。
んな毎時間トイレに行って出すもん出せるわけないっちゅーのに(←御下劣)
鏡の前を占拠して手を洗うでもなく化粧するでもなく髪を梳くでもなくただしゃべってる。
あんな場所でしゃべるヤツの気が知れなかったなぁ。

あ、でも、高校の頃は、隠れてタバコを吸うために、「悪友」と連れ立って行く事はたまぁ~にあった(笑)
”ねー、今日火ぃ持ってる~?”
”んー?あるよー”
”じゃ、行かない?”
”いーよー”
ってな感じで(笑)
   ↑
それでもバリバリのカソリックのお嬢様学校です、一応(爆)
校門のところで、併設の修道院から出てくる外人シスターと英語やフランス語でご挨拶しなければならないような・・・
ついでに日本人教師には「ごきげんよう」ってあいさつするような・・・
まるで聖ミカエル学院(川原泉・著『笑う大天使』白泉社刊参照)のような・・・
よくもそんな所に3年間も居られたな、と自分で不思議に思うけど(笑)←独身で一回り以上年上の男性教師を追っかけてたからだろうな(笑)

大学でも所属していた学部生だけのテニスサークルでは文学部の女子が固まってるのが気持ち悪かったなぁ。
下手な女子高よりも気持ち悪いくらいに女子で結束しようとするの。
「女子はみんなこうなんだから、あなたも同じにしなきゃおかしい」って何でもかんでも押し付けられて。
私は政経学部で周りに男子ばっかりだったし、当時サークル内に彼氏もいたから、彼女たちからすればやっかみもあったのかもしれない。
(ちなみにサークル内カップルはあまりいなかった。『付き合ったら卒業まで別れちゃいけない』というサークル創立以来の不文律があったため。でも、私が別れた第一号になってしまった・・・爆)
でも、「女子はみんな同じ・みんな一緒」であることに何も価値が見出せない私には、そのうちつまらない集団にしか思えなくなってしまって、3年になってゼミが忙しくなった頃にはほとんどサークルにも行かなくなってしまったっけ。
なんでテニスだけしてちゃいけないんだろうって常々思ってた。
バイトは女子はみんな一緒のところで、合コンも女子はみんな一緒に行こう、オフの旅行も女子だけ一緒に行こう・・・etc。
私は授業料以外親から出してもらってなく、衣食遊のお金は全て自分で稼がなきゃだったから、ちんたらしたバイト生活じゃ成り立たない。
授業とサークルの練習以外は全てバイトを入れたいので、常に5つくらいのバイトを掛け持ちしていて、空いた時間とバイトをうまく組み合わせてい仕事をしていた。
でも、彼女達からはそんなぎゅうぎゅうの生活をちっとも理解されなかったっけ。
女子同士の旅行にはバイトがあるから行けないって断ったら、
「なんで?お金が足りないなら親からお小遣い貰えばいいじゃない?」
って言われたときに、こりゃだめだと思った。
私はそんな思いしてまで「みんな一緒」でなくていい、って思った。
だから、卒業後、サークルの男子とは飲むことはあっても、女子から誘われたときはほとんど断っている。

その分、ゼミの友達は志が同じ人が多くて、価値観の違いを認め合う余裕のある仲間ばかりだったから、気が楽だったなぁ~。
無理してまで一緒にいようなんてことはなかったし。
今でも連絡を取り合うのはゼミの友達ばかりだなぁ。

今でも年頃のお嬢さん達は休み時間になるとトイレに連れ立って行くんでしょうか。
一人で用だけ足したい人がいても、どうか放っておいてやって欲しいです、ハイ(爆)

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すんばらしい記憶に残る誕生日になりそうですね♪
さてどんなサプライズがまっているか。ワクワクして報告待ってます~♪

私は女子大だったので、つるんでたかな~。
あ、でも、親友といたし、つるむことはなかったかも。
小中高とそれほどつるむこともなかったわ。
そのせいか、大学のときに入ったサークルで大失敗だよ。
ほかの大学の主催のテニスサークルに入ったんだ。全員男子で、女子はほかの短大や大学の子ばっかりという、まるで彼氏彼女を探すためのようなサークルだったんだけど、一年の私は気づかなかったのよね。
もちろんテニスは初心者だったから、もうテニスすることにのみ真剣!!
で、一生懸命してたらさ…うちの大学の併設されてる短大部の子等が私をにらむのよ。
なんでかわかんなくてぼんやりと、「私が大学だからから~?」って思ってた。
別に短大の子と友達になりたくもなかったからいいと思ってたけど、更衣室とかでもあからさまに意地悪されるし…
一番嫌だったのがそのテニスサークルの男の人が毎回車で迎えにきてくれるんだけど。その場所を勝手に変更されて私にだけ教えてくれないこと。
せっかく前の週に習ったことも2週あいたりしたら忘れるじゃん。スポーツ万能じゃないし。
で、自力でバスを乗り継いでいったり・・・
何で私だけがそう言うことされるのか謎だったのよね。
で、後になって私がテニスを習っていた人がみんなの憬れの人だったと判明。
そのときにゃぁ、私ハテニスする気なんか失せて辞めたあとだよ(涙)
言ってくれればほかのしょぼい先輩に習ったのにさ~!別に私はその人じゃなくて良かったのよ!テニスがしたかったの!!
それに私はそのとき彼がいたのよ。短大の子等とは口も利かなかったからそういう話も当然しなかったし。
彼女らからみたら私がその先輩狙っていると思ったみたいだね。バカじゃないの~?
でもその先輩は一生懸命な私の力になりたくて教えてくれていたみたい。私が辞めたからって別に彼女らの彼氏になってくれたわけでもなかったんだってさ。
なんだかいい迷惑だよ。つるむ女ってのはァ~!と怒りを感じた瞬間だったわ。
あれがなかったら私は今ごろテニスの女王だったのに(爆)
ま、それもいい経験だったなと思いました。その後の大学生活の参考になりましたし(笑)
つるまないのも、つるむのも結構楽しかったなーと、おばさんになった今は懐かしく思います。

  •   トモ
  • 2005年08月04日 16:59

この年齢になると誕生日も複雑なものが・・・(笑)

中学生くらいのときの女の子って、同属意識が強いから、「みんな一緒」「みんな同じ」が仲間や親友の前提になったりするのはまだ分かる。
でも、大学生になってもそれってどうよ?って思ったなぁ。

一番ムカついたのは、中学の時なんだけど、仲間の異性関係まで仲間同士で縛ることかな。
例えば。
AさんがBくんを好きになったとき、Aさんの仲間たちが、二人をくっつけようとあれこれ画策するの。
そして、半ば学校中で「AさんはBくんが好きらしい」という事実を公認にして、BくんがAさんと付き合わざるを得ない状況を作って、告白の場面をセッティング、そして、めでたく(?)カップル成立となると、二人のお付き合いをとにかく仕切る(爆)
朝夕の登下校とか休み時間とか休日のデートまで、AさんとBくんという二人をAさんの仲間fが囲んでわいわいしてるの(笑)
なのに、二人がAさんの仲間から離れたところで交際を深めていくと、いきなり態度を豹変させて「最近AってBとばっかり一緒にいて、私たちとの付き合いが悪くなったよねー」「やっぱ男ができると態度が変わる女って最低だよねー」とAさんをイジメだす(爆)
だいたい、こういうことをするグループってトイレにつるんでいたような記憶があるなぁ。
で、あんまり態度が目に余ると不良に目をつけられてトイレに呼び出しされたりしてたなぁ(笑)

ちなみに私は生徒会の特別委員長をしていて、かつ不良とも仲が良かったので、トイレに呼び出したことも呼び出されたこともありません。
この特別委員会っていうのは、各委員会(風紀委員とか体育委員とか放送委員とか・・・)の上に位置する委員会で、各委員会のために生徒会本部と対決する組織でした。
主な仕事は各委員会の年間の予算管理調整なんだけど、その他の学内行事の仕切りとか広報紙の発行とかも全て管轄していた。
とにかく生徒会本部の独断専行を許さない、武闘派集団(ちょっと違う)
血の気が多かったのは事実だけどねぇ・・・生徒総会の壇上で全校生徒を前にして生徒会長を糾弾したこともあったっけ。(もちろん私が勝った)
学校創立以来初の女子の委員長だったので、私は伝説の人になってたらしく、妹たちはものすごく嫌がってた(笑)
「お前が『あの』miyabiの妹か!?」って、先生からも不良からも暴走族からも言われたって・・・(爆)
でも私のおかげで妹たちは不良たちからイジメられなかったんだから感謝して欲しいわ。

  •   miyabi
  • 2005年08月05日 09:52

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