2007年05月17日
ようやく
長らくご心配をおかけした実家父ですが、ようやく今週末退院の目処となりました。
やれやれ。
まだまだ癌の治療はあと5ヶ月は続くので、完全に手放しで喜ぶのはまだ先なんですが、ひとまず家族にも本人にも区切りがつくような感じです。
この一月余りの間頂いた励ましのメッセージ、本当にありがとうございました。
あまり芳しくない状況にも関わらず、お蔭様で顔を上げていられました。
しかし・・・・(^^;)
いや、もう、すんなり今週を迎える前に、父は最後っ屁みたいな伝説を作ってくれたんだけどね。
↓
詳しくは続きの中にて・・・
先週金曜日、実家母から日中に電話が。
珍しいこともあるもんだと電話を取ると。
母「今病院からいったん戻ってきたんだけど・・・もう憩室炎で切った腸のほうは大丈夫みたいでね、病院の方としては発熱の原因になっている癌の治療は本来専門外なのでどうも早く出て行って欲しいって感じらしいの。だから来週早々にも尿道カテーテルつけたまま退院させられそうなんだって」
私「は?管&おしっこの袋つけたまんま退院させられる???そんなことあるの??」
母「チチが言うにはそうらしいわ。だから、退院したらその足で(癌治療を受けている)某大学病院に電車で行かなきゃかも・・・」
私「????そんな馬鹿な。病院もずいぶん酷いことするんだね」←やや疑心暗鬼
母「夕方からもう一度病院に行ってくるから、話を聞いて、また夜電話するね」
私「うん、分かった」←不可解な話もあるもんだともやもやしつつ電話を切る
・・・・・・と、これが昼間の電話。
昼間は担当の医者が手術のためずっと不在で、夕方になったら、いつ退院するかの判断を下すということらしい。
ここで、私は自分のもやもやした気持ちに正直に突っ走っていればよかったと、あとになって反省するはめになるとは・・・・
その夜になり、いつまで経っても何も連絡がないので、心配になって実家に電話するも家電は誰も出ない。
慌てて母の携帯を鳴らすと・・・
母「んもうーあったまきた!!!!!」←いきなり絶叫
思わず携帯を耳から離しましたよ、わたしゃ。
その後の会話ははっきりいって私も頭の血管がぶちきれそうになったので詳細は覚えてません(爆)
が、要約すると以下。
そもそも、父が「病院が追い出したがってる」というのからして全て父の妄想だったのだ。
なのに、その勝手な思い込みのまま、午前中母にさも真実のように話していたらしい。
母もまさか妄想話とは思わず、父と一緒になって「この病院は信用ならない」と2人して盛り上がった模様。(病室が個室で誰にも気兼ねなく話せるのもまずかった)
そして、昼食と家の用事のため母が家に戻って私と電話をしていたまさにそのころ。
父は病室から自分の携帯で癌の治療を受けている大学病院に勝手に電話して、週明けの月曜日の受診予約を取っていたのだ。
ええ、もちろん今入院している病院の主治医の判断などこれっぽっちもありゃしませんでした。
夕方、約束どおり病室に来た担当医師と病室で対面した母は事実を知って、恥ずかしいのももちろんあったが、それ以上に父への怒りが爆発。
冷静に考えるまでも無く、尿パックぶら下げた患者を退院させて、しかもそのまま電車で転院しろなんて・・・ありえない。
ここで、私の頭の片隅をよぎったのは。
実家の亡くなった祖母のこと。
彼女はかなり早い時期からアルツハイマーになり、当時はそんな病名も一般的に知られておらず、「呆け」という言葉も幼かった私には分からず、とにかく、大好きなおばあちゃんが時々気が触れたように怒り出して意味不明のことを口走るのが恐ろしかったのです。
(むろん、家族も親族も「呆け」なんて知らないから最初はどうしていいのか分からなかった)
でも、その頃の祖母の様子と、今の父の様子がびっくりするくらいよく似ているのですよ。
思い込みに囚われて人の話を全く聞き入れず、逆に周囲に理解されないことに怒りを爆発させてしまう・・・・・
電話しながら母に「その時のばーさんとそっくりだ、とチチに言ってやれ」と言いましたよ。
その後末妹とその件を話すと彼女も「確かに当時のばーちゃんとそっくりだ」と激しく同意したので、私の思い過ごしではないようです。
話を戻すと、まだ40代の担当医師は勝手なことをした父を責めることもなく、大学病院と連絡を取り合って癌の治療の影響と今回の憩室炎の経過などを話し、今後の治療方針を決めてくれました。
尿道カテーテルをはずすと発熱するのは癌の治療の副作用でもあるそうで、もう一度週明けにカテーテルを外してみて発熱しなければ退院、発熱するようならそのまま大学病院に転院という段取りになりました。
事実を知った母に怒鳴られてもなお、
「先生が忙しいからオレが気を利かせて判断して行動したまでだ、なのになんで怒られるんだ!」
と、最初は逆切れしていた父でしたが、その後も夜まで母にコンコンと説教されかなりふてくされていた模様。
翌日、中妹が病院に行き、ひとしきりお説教したあと「この間までブンヤで世間を広く見てきたチチらしくない、みっともないってみんな言ってるよ」と言うと、さすがに恥ずかしそうに同意したそう。
さらに、日曜日には末妹が自分の旦那を伴って行き、旦那から私と末妹が電話で話したようなことを言って聞かせたそう。
しかも、日曜日の日中には、仲の良いゴルフ仲間がお見舞いに来たのも効果があったみたい。
あれだけ散々周囲が怒っても聞く耳をほとんど持たなかった父が、憑き物が取れたように、すとん、と落ち着きました。
表情ももういつもの父に戻ったそう。
母が「またお姉ちゃん(=私)に怒られるよ、覚悟しておきなさい」と言うと
父は、「あいつは容赦ないからな・・・きついよ」と怯えつつ笑っていたそう。
そして、週が開けた今週月曜日にカテーテルを外して経過を見ていたけれど、発熱もなく、食事も普通食が食べられるようになって体力もぐんぐんと回復してきたので、無事土曜日に退院できることになりました。
正気に戻った父が一言。
「いろいろ訳の分からんことをしたのは、オレが悪いんじゃない、病気が悪いんだ」
・・・・orz
名言だよ、チチ。
さらにもう一言。
「オレは病気になって入院したことないから病人の心得が分からない。それをオレに教えなかったお前(=母)が悪い」
・・・・・・(^^;)
おいおい、えーかげんにせんかい、ボケジジイ!!
こんどの日曜日、父がずっと食べたがっていた私の手作りのパンを持って、ついでに右の握りこぶしにバンデージでも巻いて(笑)実家にお見舞いに行ってきます。
パン渡すときに
「アンパーンチ!」と言ってくださいます???(笑)
うちの父も入院が長くなったときに妄想入ったわよ。
看護婦が悪口言ってるって。
態度がおかしいとか散々文句言ってたわ。
やっぱ皆同じ道をたどるのね。
個室ってよくないのよね。寂しくなってちょっとしたことを激しく考え込んじゃって、練りにねって妄想へと進化していって、それが真実へと変化するのにそう時間はかからないのよねぇ。
なのでうちの父はもっぱら大部屋に入れているわ。
でも、隣が死に掛かると怖い(爆)