2007年05月03日

老いの生き様

ずっとご心配をおかけしている実家父の容態ですが。

父があまりにも馬鹿過ぎて、いちいちここに書くのも憚られるような日々が続いてました。

なんちゅーかね、3歩進んで自ら4歩下がるというか・・・
伝説作り杉なんだよ、トーチャン。
ここに書くのが追いつかないくらいに。

今更だけど、ここは自分の記録なので、以下、思い出しつつ書きます。


まず。

25日におもゆの許可が出たとたん、がっついたのか?
その日の夜腹膜炎再発。

3月末の癌治療で放射性物質を体内に埋め込んだ超人類(爆)は抵抗力が弱っていて、普通の人の回復よりも倍の時間がかかるとさんざん言われていたのに、早く元に戻そうとリハビリも経口摂取も焦っていたそうな。
結果、2週間以上何も受け入れてなかった腸が驚いちゃって機能しなくなってしまったらしい。

またもや皆に叱られ反省したのか、しばし大人しくした父。
ようやく少し回復してきて、体についていたさまざまな管がはずされ、ふたたび重湯の許可が出た翌日の2日午後。

母が家の用事で見舞いがいつもより遅れたのがまずかった。
父は「寒気がするなぁ、暖房入れて布団被って寝てよう」と勝手に判断し、母が来るまで2時間あまり一人でガタガタ震えていたらしい。
ようやく病室に着いた母が異変に気が付き、ナースコールして一気に慌しい状況へ。
検温すると40度を超える高熱でしたよ。
しかも寒気がするからまったく水分を取らなかったために脱水症状も起こしていたそうな。

だが2時間も一人で我慢している内に夕方になっていて、結果、検査が時間内に間に合わず、何が原因なのか不明のまま解熱の投薬と冷却。
(しかも、アイス○ンはいやだというので、母が氷水でタオルを濡らして動脈部分を冷やした)

母が「またなんですぐにナースコールしないのっ!!」と怒っても、すっかり高熱でうなされていた父は意識が飛んでいて後で聞いたら全く何も覚えていないのよ。






急遽、今日、また見舞いに行ってきましたよ、私。

病棟の入り口の自動ドアを私が開けた音が100m離れた個室にいるにも関わらず父には聞こえたらしく、病室にたどり着く前に母が出迎えてくれました。
この時きっと父の心の中にダース○ーダーの登場曲が流れていたに違いない。






だって、私が病室に入ると、ベッドの上に正座した父(爆)がいましたよ。




私「なんなら私がこの手で引導渡してやろうか?
父「それはご容赦を!かわりに小言ならいくらでも聞くので、ぜひお手柔らかにお願いしますorz」

病室にいた中妹、爆笑。
母は任せたとばかりに末妹家族を迎えに病室を出て行ってしまいましたよ。

喜んで、任された(笑)





実は父が高熱が出たと聞いていろいろ考えたのですよ。
なんで彼はここまで馬鹿ちんなのかと(←身も蓋もない・・・w)

父はついこに間までブンヤをしていて、40年近く世の中の道理や真理を追求してきた人なのに、なぜ、わが身の危機的状況を真剣に考えられないのか。

思えば父はその放蕩三昧な私生活(爆)の割りに病気らしい病気もしたことがないので、病を患った自分を受け入れられないでいるのではないかと思い至りました。
理屈や知識では自分の病の状況を把握しているのですが、心が納得していないとしか思えない。

だから、まっさきにそのことを父に問い質しました。

私「チチ(=父)は頭では病気のことを理解しているけど、心がまるで納得していないでしょう?」

父は神妙な顔をして私の言葉を聞いて、そして、一言。

父「そうかもしれない」
私「だから焦ってしまうんだよ。今のままだと全てが中途半端なまま終わっちゃうよ?それでもいいの?」
父「やだ。まだまだたくさんやりたいことがあるんだよ!?まだ何もできてないままなんていやだ」
私「だったら、まずは病気をきちんと治しなさい!自分は病人だということを受け入れなさい!!」


さすがに父@ショボリーヌ(爆)






次。
2つ目。




私「チチ、自分の年齢を分かってる?まだ50代前半で止まってない?」
父「・・・うん、体も精神も、ついでに頭の中身も」
私「ヴォケ!!もう65歳過ぎてるんだよ!?娘が40過ぎてるんだよ?分かってる??」
父「そうかーお前ら、オレの娘だったんだな、うん、忘れてたよ。
私「・・・は?(隣にいる中妹に)ちょっといっぺん首絞めてもいい?」
妹「許す」
父「わわわ、嘘嘘、ごめんごめん」
私「うちのお舅さんみたいに、心臓に機械埋め込んでるような人でも、自分の体の些細な変化に過敏すぎるくらい反応してすぐに対処していると80歳になってもゴルフにいけるんだよ?自分の年齢を自覚して、用心深くしてないと長生きできないんだよ?このまま朽ち果てていいなら止めないけど、やりたいことがいっぱいあって中途半端なまま終わりたくないのなら、もっと自分の体を労わらないと駄目だよ」




ますます、父@ショボリーヌ(笑)






さらに。
3つ目。

私「この間、老老介護云々って言ってたよね?」
父「うん、わかっとる」
私「いんや、分かってない。このままだとハハ(=母)が倒れるよ?そりゃ、チチの体が思うようにいかなくてイラついて八つ当たりしたり命令口調で何か頼んだりしちゃうのも分かるけど、一生懸命看護しているハハのストレスがどんどん溜まっていってるじゃない。病気を治すんだったらハハに甘えるんじゃなくて病院にもっとわがままいいなさいよ?」
父「・・・・・・。」(さすがに無言)
私「私たち姉妹は母が倒れたら・・・って事態まで想定してるよ?本当にそうなったらどれほどチチが心苦しくなるのか、自分で分かるよね?」
父「うん・・・分かる・・・」
私「そうしないためにも、まずはハハに付き添って貰うのは本来の面会時間のみに戻すとかそろそろ考えた方がいいんじゃないの?」(今は特例で1日中の付き添いを許可してもらってる)
父「そうするよ・・・」








本当はもっと言ってやりたいことがあったんだけど、さすがに今度という今度は懲りたようで、ちょっと涙ぐみながら話を聞いてるところもあったのよね。
だから、つい矛先を緩めてしまったわ・・・甘いな、私も。






この先の人生が繋がるのなら自分で繋げていかなければならないのよ。
医者や家族はその手伝いをするのみなのよ。


まだまだ気持ちは青年(?)なのかもしれないけれど、そろそろ現実を受け入れてもらわねば。


老いの生き様を構築できるのは本人だけなのだから。

Comment on "老いの生き様"

うちのバカ父の数年前を髣髴とさせるわー。
糖尿病最盛期で暴れまくったのよね。
そうそう、とにかく自分の年齢が50代後半くらいでとまっているのよ。
で、わしもまだまだいけるという思い込みがあるからとにかく早く退院しなきゃ、こんな病人だらけの辛気臭いところにいたら自分まで病人になるとのたまったわよ。
バカじゃないの?と病院へ乗り込んだわよ。
なんか父親が娘に説教されている図ってのもねぇ。。。
でもね、看護婦さんに聞くと、そういう方多いんですって(笑)
娘さんが走ってきて叱っているってさ。
うちの父も最近は何とか落ち着いたけどね。。。まだまだだよ。とほほ。

  •   トモ
  • 2007年05月05日 14:25

50代って男性の自意識の中で何かひっかかりがある年齢なのでしょうか?
50代・・・60代だと老人、40代だと中年、というくくりのどちらにも入らない曖昧な世代。
彼らの世代にとっては、50代とは人生の終息期に向かって輝きを持てる最後の時期なのかなぁ?
60代から先がまだまだ長いのにねぇ。
老人=80代~みたいに元気で活力溢れる人が多い現代、勝手に60代で人生終えて欲しくないわ。

> 娘さんが走ってきて叱っているってさ。
ぶわはははは(≧▽≦)
どこでもそうなのね~!
昔から父は私の話は(他の家族に比べてだけど)わりと聞いてくれていたのよね。
まあ、いつも毒舌の応酬みたいな会話とかボケツッコミの会話みたいなのが多いから、ここぞというときの一言(二言、三言・・・wwww)は効くみたい。
今回も、最初の見舞いの頃はあまりきついことは言わなかったのよ。(あれでもwwww)
しょげて自信をなくしてる人に追い討ちかけるのも酷かな~と思ったからだったんだけど・・・
でも、その気遣いが今回は思い切り裏目に出た感じです。
こんなことなら最初からぎゃんぎゃん言って締め上げておくべきでした(爆)
今回は本当に効いたらしく、まだ今のところは大人しくしている模様です。
・・・って、まだ3日しか経ってないんか(爆)

  •   miyabi
  • 2007年05月06日 08:58